大阪地方裁判所 昭和46年(ワ)780号 判決 1974年3月28日
原告
後藤孝典
外二六名
右原告ら訴訟代理人
崎間昌一郎
ほか一名
被告
チッソ株式会社
右代表者
島田賢一
右訴訟代理人
村松俊夫
ほか三名
主文
被告の昭和四五年一一月二八日開催の第四二回定時株主総会においてなされた「昭和四五年四月一日より昭和四五年九月三〇日に至る第四二期営業報告書、貸借対照表、損益計算書、利益金処分案を原案どおり承認する」旨の決議はこれを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、原告ら
主文同旨。
二、被告
原告らの請求を棄却する。
第二、当事者の主張
一、原告らの請求原因
1、原告らはいずれも被告会社の株主である。
2、昭和四五年一一月二八日開催された被告会社の第四二回定時株主総会(以下本件総会という。)において、主文第一項掲記の決議(以下本件決議という。)がなされた。
3、しかしながら、右決議は次の事由により取消されるべきである。
(一) 一部の株主のみに対し議決権代理行使の勧誘をしたことによる瑕疵
被告会社は、本件総会前の昭和四五年一一月一四日ないし一五日頃以降、持株数二〇万ないし三〇万以上の七〇社の大株主に対し、特別に委任状を作成して議決権代理行使の勧誘をした。
ところで、大株式会社においては、持株比重が少く経営に参加できないためあえて総会に出席してまで議決権を行使しようとしない少数株主であつても委任状の返送による議決権代理行使の便宜がはかられれば、容易に議決権行使の機会が与えられるのであるから、少数株主の議決権は、委任状による議決権代理行使の勧誘を通じてこそ、生きた現実の権利となるというべきである。したがつて、会社が自己に味方する一部の大株主に対してのみ委任状による議決権代理行使の勧誘を行うことは、現実に一般株主の議決権を剥奪することに等しく、それだけで株主平等の原則に反し、決議取消の原因になるといわねばならない。
のみならず、本件総会においては、後述のように、現に総会場にまで来ている株主のうち約五〇〇名が入場できず、現実に議決権行使ができないまま放置され、一方では、被告会社が委任状による議決権代理行使の勧誘を行つた大株主の議決権は、会社の周到な計画に基づき、百数十名の被告会社の社員株主に守られて苦もなく行使できたのである。また、被告会社では従来本件総会のように定足数の定めのない株主総会の場合は議決権代理行使の勧誘を行わず定足数の定めのある株主総会の場合は全株主に対し勧誘を行つてきたのにかかわらず、本件総会においては、後述の多数の一株運動株主、患者株主、その他の通常の株主の出席を予想し、これに対抗するための手段として一部の、しかも発行済株式総数の過半数以下の大株主に対してのみ前記勧誘を行つたのである。そうすると、かりに一部の株主のみに対する議決権代理行使の勧誘が、それ自体としては決議取消原因にならないとしても、右のような事情のもとにおける勧誘は株主平等の原則に反な、決議取消原因に当るといわねばならしい。
(二) 株主の総会場への入場を制限したことによる瑕疵
本件総会の当日開会定刻午前一一時以前に、被告会社の株主約一、六〇〇名が会場である大阪厚生年金会館中ホール前に参集していたが、被告会社は午前一〇時から入場を受付け、一、〇八一名を入場させた午前一〇時三〇分になつて、その余の株主の入場を制限し、推定で五〇〇名位の株主を総会場に入れないまま、本件総会を開催した。しかし、右入場制限を行つた時総会場の二階後部には約二〇〇名以上が着席できる空席があつたことが明らかであり、しかも、右入場制限後の午前一〇時五〇分すぎには報道関係者二〇名を裏口から入場させているのであるから、右入場制限は正当な理由にもとづくものではなく、むしろ一株運動参加の株主の入場を意図的に制限するためのものである。したがつて、被告会社は株主の議決権を意図的に制限したことになるから、本件決議は商法第二四一条に違反するのみならず、株主平等の原則にも反し、決議方法が違法または著しく不公正な場合にあたるというべきである。
なお、本件総会場は、当日参集した被告会社の株主をすべて入場させるためには、狭隘すぎたことも指摘されねばならない。すなわち、いわゆる水俣病に関する被告会社の態度等について質問する目的で株主総会に出席するため、多くの市民、労働者、学生の間にいわゆる一株運動が行われて、これがマスコミ等を通じて大きく報道され、さらには、右一株運動の中心メンバーである「東京水俣病を告発する会」所属の原告後藤孝典らが、昭和四五年一〇月三一日、本件総会には二、〇〇〇名の株主が集る予定であるから、この株主を全員収容できるような会場において総会が開かれるべきことを被告会社東京本社樺山総務部長を通じて申し入れているので、被告会社は本件総会に集つた程度の数の株主が参集することを事前に了知していたものである。しかるに、被告会社は一、〇〇〇名程度しか収容できない規模の本件総会場を用意したにすぎず、最初から故意に株主の入場を制限しその議決権の行使を妨げようとしたものである。したがつて、本件総会は、その招集手続が違法または著しく不公正なものというべきである。
(三) 会社側株主を別口から入場させ、議決権を行使させた瑕疵
被告会社の役員ならびに事務局および整理班に属していた社員計二七名は、本件総会当日裏口から入場し、議決権を行使した。この場合、役員はともかくとして、他の社員一四名については、裏口から入場させてまで議決権を行使させるべき理由は何らなく、とくに当日は前記のように他の株主に対しては入場制限をしているのであるから、右の措置は明らかに不平等であり、また株主総会を公正に運営するためには、右運営について事務的な仕事を行う者は、株主権の行使から排除されるべきが当然である。よつて、右会社側株主の別口からの入場は、株主平等の原則に反するものとして、決議方法が違法または著しく不公正な場合にあたるというべきである。
(四) 会社側株主に対し、費用負担等の便宜を与え、本件総会に出席させた瑕疵
本件総会当日、被告会社側株主一三〇名は、被告会社の指示で動員されて、場内株主班としての任務を与えられ、右出席費用、宿泊費用等は被告会社において負担した。また総会場への入場についても、被告会社は本件総会の対策本部の事前の指示により会社側株主に前日の午後一一時頃から入場のために並ぶようにさせ、右会社側の者以外には本件総会の入場口がどこになるのかは明らかにされておらず、当日入場株主の整理にあたる場外整理班と同時に右会社側株主を並ばせて右列の先頭部を占拠し、実際に会社側株主は一番最初に入場し、会場の前列をほとんど占拠することとなつた。右のような措置は、会社側株主を完全に入場させ、他の株主の入場を制限する意図の下になされたもので、株主平等の原則に反し、そのもとでなされた決議はその方法において違法または著しく不公正な場合にあたるというべきである。
(五) 本件決議が株主の質問を一切無視してなされたことによる瑕疵
本件総会においては、開会冒頭から水俣病患者ら数名が立ち上り、トランジスターメガホン等で議長席に明らかにわかるように発言を求めていたし、本件総会前の一〇月三一日には、本件総会において被告会社側から答弁してもらいたい旨求めて、水俣病問題についての三項目((1)水俣病の責任がチッソにあることを何故認めないか、(2)水俣工場を閉鎖するつもりか、(3)水俣・芦北地区住民の一斉検診をやるべきではないか)にわたる公開質問状が出されており、前記各発言もその回答を求めようとしたものであつた。右各質問はいずれも本件総会の議案である計算書類の承認等と関連性があるにもかかわらず、被告会社は関連性がないものとして、そのような方針のもとに本件総会運営を行うこととし、予め場内整理班にもその旨を伝え、議長のこの方針にそつた措置に賛向するよう事前打合せを行つていたのみならず、本件総会場は一定の混乱があれば株主の発言が聞きとれないことが予想されるにかかわらず、右発言のためのマイク設備さえ行わず、またマイク設備のある舞台上の議長席には近づけないようにしていた。そして議長は右事前打合せのとおり、前記株主の発言があるにかかわらず、一切これを無視し本件総会を僅か五分足らずで終了させた。右のような被告会社の議長の行為は株主の質問権を無視したもので、そのもとでなされた本件決議はその方法において違法または著しく不公正なものである。
(六) 本件決議が原告後藤孝典の修正動議を無視してなされたことによる瑕疵
本件総会においては、議長が議題を上程した後議事が終了するまでの間に、原告後藤孝典が次の修正動議を提出した。
(1) 貸借対照表剰余金のうち、退職給与積立金九八七、〇〇〇、〇〇〇円につき、その内金六四二、三九〇、四四四円を取り崩し、水俣病補償積立金を同額設定する。
(2) 利益金処分案につき、当期未処分利益金三三〇、七三五、〇八六円のうち、金三〇〇、〇〇〇、〇〇〇円を水俣病対策積立金として別途積立て、残金三〇、七三五、〇八六円を後期繰越金とする。
ところで、被告会社は昭和四五年七月二三日、水俣工場の約半分を占める硫酸工場、硝酸工場、カーバイト系統の工場等を取壊して、その従業員約三五〇名を解雇する方針を発表し、その退職金に当てるべく、貸借対照表に、退職給与引当金四四三、九〇一、五一五円の外に剰余金として退職給与積立金九八七、〇〇〇、〇〇〇円を積立てていた。しかし右工場の経営が全くの損失というわけではなく、また右工場を取壊すことは、被告会社にとって必ずしも得策ではない。一方、被告会社は、熊本県水俣市およびその周辺に発生したいわゆる水俣病の原因を作つた者であるところから公害企業として悪評が高いので、まず水俣病患者に対し世人の納得する補償金を支払い、企業としての社会的責任を果して、その信用を回復することこそが被告会社の将来の発展にとつて必要なことであつた。そこで修正動議(1)は、当時熊本地方裁判所に係属していた損害賠償請求訴訟で水俣病の患者らが被告会社に請求していた損失補償金六四二、三九〇、四四四円について、被告会社はいたずらに争わず、訴訟の状況によつては直ちにこれを支払う意思を示す意味で、前記退職給与積立金のうち右請求額と同額を取崩し、これを水俣病補償積立金とせよというものである。
また水俣病患者は昭和二八年から昭和三五年にかけて発病し、本件提訴当時その総数は一二一名といわれていたが、これはいわゆる認定患者で、真に医学的な意味の水俣病患者の数は右数をはるかに超えるものと推定される。前記のように被告会社は水俣病の原因者であることが明らかであるから、いまだ行政的には認められていないが水俣病患者に間違いない人々に対しても責任を免れない。そこで当時水俣病でありながらいまだ認定申請していない人の発見、不知火海沿岸住民の一斉検診等の費用にあてるため、当期未処分利益金のうち三〇〇、〇〇〇、〇〇〇円を水俣病対策積立金として別途積立て、残余を後期繰越金とするとしたのが修正動議(2)である。
以上のように、原告後藤孝典が提出した修正動議は、本件総会に提出された議案の修正としてなされており、本件総会招集通知に記載された議題に直接関連するものであるから、議長はこれを総会にはかつた上、その採否を決しなければならなかつた。
ところが、前記のように当日会場内には議長席にマイクが一つあるのみで、株主が発言するためのマイク設備がないため、原告後藤孝典は株主席の最前列から大声で再三再四「修正動議」と叫んだにもかかわらず、議長はこれを無視して書類を読み続けた。そこで同原告は議長席に向つて左側の役員席に対し、前記修正動議を印刷したビラ八枚を投げ、その役員が手をのばせば拾い上げて右修正動議があることを知り得る状態にしたにもかかわらず、これを無視したため、同原告はやむを得ず「修正動議」と叫びつつ登壇して議長席に近づこうとしたが、被告会社の整理員は同原告を再三にわたり暴力で阻止し、結局右動議は議長により取り上げられることなく、その直後、演壇上に「決算報告は、可決され、説明会に入ります」という趣旨の記載がある懸垂幕が垂れ下り、本件決議が採択され、本件総会が終了したことが宜せられた。右のように原告後藤孝典の修正動議が本件決議が成立する前に提出されたことは明らかである。
かりに、右修正動議が、議長の本件決議成立宣言後に提出されたものであるとしても、その差は秒単位のものであり、当時議長の声は株主席にはほとんど聞きとれず、議長が閉会を宣した約四二秒後に右趣旨を記載した前記垂れ幕がおろされ、株主はそれによりはじめて閉会を知つたのであるから、このときに閉会になつたものと考えるべきである。そうすると、原告後藤孝典の修正動議は、総会終了前になされたものとして、有効である。
以上のとおり、本件総会において、議長は原告後藤孝典の適法な修正動議を無視して本件決議案を採択した瑕疵があり右決議はその方法において違法または著しく不公正である。
(七) 明認し得べき採決方法をとらなかつたことによる瑕疵
株主総会における議案の採決方法は、定款に別段の定めがない限り、とくに形式は要求されないにしても、出席株主が明認し得べき方法をもつてなされなければならない。ところが、本件総会においては、このような採決行為は存在せず、また前記のように討論は一切なされていないのであるから、「総会の討議の過程を通じて、その最終段階にいたつて、議案に対する各株主の確定的な賛否の態度がおのずから明らかとなつて」(最高裁昭和四二年七月二五日判決、民集二一巻六号一六六九頁参照)もいなかつた。よつて、本件決議の方法は著しく不公正である。
4 以上のとおりであるから、本件決議の取消を求める。
二 被告の答弁および主張
1 請求原因1のうち、原告豊永信弘、同福元満治を除くその余の原告らの名義が当事者欄記載のそれぞれの住所により被告会社の株主名簿に株主として記載されていることは認める。原告豊永信弘が豊永信博と同一人であるか否かは知らないが、「豊永信博」の名義が当事者欄記載の原告豊永信弘の住所により被告会社の株主名簿に株主として記載されていることは認める。原告福元満治の現住所が当事者欄記載のとおりであることは知らないが「福元満治」の名義が熊本市黒髪町下立田二〇九木庭達方豊田気付の住所により被告会社の株主名簿に株主として記載されていることは認める。
なお、原告松田紀嗣、同加藤善盛、同川角信夫、同村上光正、同半田隆、同西頭聡、同荒牧軍治および同林滋については、住所の訂正があつたが、右原告らについて、訴訟代理人に対する委任状に委任者として表示された人物と本件の原告として表示された人物が同一人であるか否かは知らない。
2 請求原因2は認める。
3 請求原因3のうち、(一)の全部、(四)のうち被告会社が会社側株主の本件総会出席費用を負担した点および(五)のうち本件決議が株主の質問を無視してなされたとの点は、本件決議の日から三年以上を経過した昭和四九年一月一七日の本件口頭弁論期日に至つて始めて追加主張されたものである。ところで、商法第二四八条第一項は株主総会決議取消の訴の提起期間を決議の日から三月内と定めているが、これは決議の瑕疵を主張し得る期間を制限したものであるから、右期間経過後はすでに提起している訴訟において新たな取消事由を追加主張することはできないと解すべきである。したがつて、原告らの請求原因3のうち、前記(一)の全部、(四)の一部および(五)の一部を主張することは許されない。
かりに、前記期間経過前に訴の提起があれば、同期間経過後でも取消事由の追加主張が許されるとしても、右追加主張は、本訴提起後三年近くを経過し、二〇回以上の口頭弁論期日を経て証拠調も終り、最終の口頭弁論期日と予定された前記期日に至つて始めてなされたものであつて、故意または重大な過失により時期に遅れて提起されたものというべきであるから、却下されるべきである。
原告ら主張の決議取消原因に対する答弁等は次のとおりである。
(一) 原告らの主張(一)のうち、被告会社が本件総会前に一部の株主に対し、委任状による議決権代理行使の勧誘をしたことは認める。
しかし、右事実は何ら決議取消の事由に該当するものではない。すなわち、資本の多数によつて信任された取締役は会社のため総会の議案を可決成立させるのに必要な措置をとる権能を有するのであつて、右措置の一つである議決権代理行使の勧誘についても、これを行つてもよく、行わなくてもよく、またた一部の議案についてのみ行つてもよく、一部の株主に対してのみ行うことができ、その必要性の判断も取締役の権能に属する。会社の行う議決権代理行使の勧誘は、株主の議決権の行使を容易ならしめることを直接の目的としているものではなく、会社は右勧誘を行うべき義務を負つているわけではない。もとより株主総会における議決権の行使は株主に固有の権利として保障されているが、一部の株主に委任状を送つて議決権代理行使の勧誘を行つても、他の株主が総会に出席し、あるいは議決権の代理行使を行うことを妨げるわけではないから、何ら株主平等の原則に反するものではない。
(二) 原告らの主張(二)のうち、本件総会当日、被告会社が午前一〇時頃株主の入場受付を開始し、入場者が定員を超過するに至つた段階で、残余の入場希望株主の入場を制限したこと、会場内二階後部に若干の空席があつたこと、入場締切後裏口から報道関係者約二〇名を入場させたことおよび昭和四五年一〇月三一日に東京水俣病を告発する会から被告会社に対し「一株運動の株主二、〇〇〇名が出席する」旨の申入れがあつたことは認めるが、その余は争う。
本件総会場である大阪厚生年金会館中ホールの定員は一、一一〇名であり、消防法第八条にもとづく大阪市消防条例第五三条により、大阪市西消防署および厚生年金会館当局から、右定員を超過して入場させてはならない旨強く指示されていた。しかし総会当日は株主受付場所での混雑のため、正確に計算して定員を超過する者の入場を阻止するという措置をとることができず、一、二〇〇余名の入場した段階で漸く以後の入場を制止することができたのである。二階後部に若干の空席が生じたのは、一株運動派の入場株主が一階前方の通路等にぎつしりつめかけたことによるものであつて、定員に満つるまで入場させなかつたわけではなく、報道関係者の裏口入場も報道の自由を守るためやむを得ず定員外として扱つたにすぎない。
右のように本件総会における入場制限は正当な事由にもとづくものであつた。
次に、本件総会場の選定については、被告会社の昭和三五年一一月から昭和四五年五月までの株主総会への現実の出席者は平均九〇名前後であり、最高の場合でも一二一名であつたが、いわゆる一株運動が発生した昭和四五年七月下旬頃本件総会には従来に比し多数の株主が出席することが予想され始めたので、被告会社では前記のような従前の経過および他社の例(最大約三〇〇名)よりして、一〇〇〇名以内の出席を予想し、昭和四五年九月一八日本件総会場を予約した。水俣病を告発する会からの二、〇〇〇名出席の申入がなされたのは前記のとおり同年一〇月三一日であつたが、右が確実な出席者数であることを確認する根拠はなく、またこの時期においては、二、〇〇〇名程度を収容できる会場を借りることは事実上不可能に近く、念のため調べた結果も右のような会場で借りられるものは、大阪市内には存在しなかつた。
(三) 原告らの主張(三)のうち、被告会社の役員、事務担当者および場内整理担当者計二七名が本件総会場の裏口から入場したことは認めるが、その余は争う。
右二七名(持株数八八万六、四五〇株)を出席株主数に算入したのは、議事のとき総会場内にいたのでそうしたにすぎず、右二七名は株主席にもついておらず、議決権行使のためではなく、場内勤務のため裏口から入場したものであるから、そのこと自体原告ら主張のような瑕疵にはあたらない。
(四) 原告らの主張(四)のうち、本件総会において被告会社等の社員で場内株主班が編成され、これらの者の本件総会出席のための旅費、宿泊費を被告会社が負担したこと、右社員株主が本件総会の対策本部の指示により、前夜の一一時から入場のために並んだことは認めるが、その余は争う。
場内株主班は、被告会社に送付された株主の委任状による議決権行使を遺漏なく行うという任務が与えられたため、他の総会の業務に従事する社員と同様に旅費、宿泊費が与られたにすぎない。またこれら社員株主の総会への入場について被告会社がとくに他と差別した扱いをしたことはなく、早く入場者の列に並んだ者がその順番に従つて先に入場することはもつとも公平な方法であり、何時から並び始めるかはその株主グループの方針である。被告会社において総会の入場口を、隠したり秘密にしたことはないし、他の株主達が先に並んだ後、別の所に社員株主を並ばせてそこを先頭にしたこともない。要するに、社員株主が先にその後に一株運動の株主が到着して並び、並んだ順番に入場したにすぎず、被告会社は原告ら主張のような会社側以外の株主の入場を制限する意図など毛頭有していなかつた。
(五) 原告らの主張(五)のうち、本件総会前に原告ら主張の三項目よりなる公開質問状が被告会社に届いていたこと、本件総会場に株主発言用のマイクを設備しなかつたことおよび株主を舞台に上げないように準備したことは認めるが、その余は争う。
本件総会の議事進行中議長、役員、事務局席に株主からの質問および患者に発言させて欲しい旨の声は聞えていないし、後者はかりに聞えていたとしても、具体的質問ではないから発言を許さねばならない理由はない。公開質問状記載の三項目の質問は、本件総会の議題である決算案の承認とは関連がない。株主発言用のマイクについては、被告会社においても一応設置を検討したが、複数のマイクを備えると、同時に使用された場合聞きとりにくくなるし、一個のマイクを備えると株主間にマイクの奪い合いの混乱が生じ、マイクを奪取したグループのみが発言の主導権をもつようになること、とくに会場内の音響効果が良好で客席後部からの発言も舞台の役員席および会場内全体に充分聞きとれるので、マイクを設置しないことに決定したものであつて、株主の発言を封じるためのものではない。また被告会社においては、いわゆる一株運動派の株主は烏合の衆ではなく、一つ一つの目的のために集り、リーダーによつて指導され、一定の計画の下に行動している人達であるから、その中の重要な人、たとえば患者代表とか原告後藤孝典が議事について発言するときは、規律ある態度でその発言が議場内に浸透するよう静粛を保つものと考えていた。したがつて、株主席にマイクを設置しなかつたことがとくに被告会社として強く責められるべき手続の瑕疵にはならないというべきである。なお、株主を舞台に上げないように準備することも混乱、暴力行使等のおそれを防止するために当然のことであり、議長は言葉をゆつくりと区切り、間を置いて話しており、かつ場内の喧騒にもリズムがあつて静かになるときも何度かあつたのであるから、株主席からの質問等の発言があれば、充分議長に届いた筈である。
被告会社としては適法な質問や意見があれば十分審議する方針であつたが、それらがなかつたため、結果的に五分という短い時間で終つたにすぎない。とくに本件総会における一株運動派株主の態度は、ただ被告会社およびその経営者に非難、罵声を浴びせることに終始し「お静かに願います」との議長の再三の注意を聞き入れず、議案に対するまともな質疑、応答を不可能にするような喧騒に導いたのであり、かりに議案に対するまともな質問をしたいと思う株主が場内にいたとしても、それを不可能にしたのは、原告らを含む一株運動派の株主であつた。
(六) 原告らの主張(六)のうち、本件総会場に株主発言用のマイクの設備がなかつたことは前記のとおりこれを認めるが、その余は争う。
本件総会の開会から採決による議事終了までの間には、原告後藤孝典からの修正動議の発言は全くなかつた。
原告ら主張のように、原告後藤孝典が株主席最前列から「修正動機」と叫んだならば、その直前数メートルにいる議長ら被告会社の役員、事務当局者にはその発言が充分聞きとれた筈であるが、誰も聞いていない。マイク設備をしなかつた理由は前記のとおりであつて、被告会社として強く責められるべきことではない。また原告後藤孝典が修正動議を記載したビラを役員席に対して投げた点については、ビラを投げつけるという行為自体は動議提出の方法ではありえず、また被告会社として全く予想もしておらず、かつ議長も議事進行中にそのことを知つたわけではなく、他の役員も全く気づかなかつたのであるから、この点の原告らの主張は理由がなく、そもそも同原告が議事進行中に右ビラを投げたか否かもきわめて疑わしい。結局原告後藤孝典から緊急動議がある旨の発言があつたのは、採決が終り、議長が議事終了を宣し、開会直後予告してあつた説明会に入る旨を告げた後である。
(七) 原告らの主張(七)はすべて争う。
本件総会には、委任状による出席者五〇名(四六、一四二、二四九株)を含めて一、二八一名(五〇、六二五、三三一株)の株主が出席し、午前一一時被告会社代表取締役江頭豊が議長席について開会を宣し、議事に入るに先立つて、あらかじめ株主から寄せられている水俣病問題に関する質問については、招集通知書の議案の審議終了後引続いて説明することを告げて、議案「第四二期営業報告書、貸借対照表、損益計算書の承認ならびに利益金処分に関する件」を上程し、まず監査役の報告を求めた。そして監査役西田栄一が監査結果を報告した後、議長は「議案の詳細につきましては手許の参考書類をご覧願いたいと存じます。」と述べ「本議案の承認を賜りたいと存じます。」という発言で、職場に議案に対する賛否の採決を求めた。これに対し、前記株主五〇名(四六、一四二、二四九株)の議決権を代理行使する五島信夫ほか被告会社の社員株主約一三〇名(おそらくその他若干の一般株主も)が挙手しつつ賛成と発言し、議長は明らかにこれを認め、反対と発言した株主は一名も認められず、当日の出席株主の株式数は前記のとおり委任状によるものを含め五〇、六二五、三三一株であつたので、右五島の賛成のみをもつてしても、賛成の株式数が過半数であることが議長には明らかに認められたので、議長は議場全体を見渡して確認し、若干の間を置いた上「本議案の賛成多数を認めます」ご承認を得たことと致します」と発言して採決を終えたことが明らかである。そして、右議長の声はマイク、スピーカーを通じて場内に聞えたし、その顔、態度も場内からよく見え、また議事の進行に注意を払つている株主にとつては、議長が承認を求めたことに対して、株主の一部(前の方に坐つている百数十名)が賛成と応答したことは認め得たし、かりにその一人一人の声が聞えなくても、起立、挙手、拍手等の動作でわかるし、その直後に議長が「賛成多数を認める」と発言したことによつてもその経過を認識できたものである。もつとも、賛成株式数が議決権を行使する株式数の過半数か否かは外見ではわからないけれども、この点は、議長が「過半数と認める」と判断宣言したことにより諒知されたわけである。したがつて、本件総会の採決方法には何らの瑕疵もない。
4 原告らが本件決議の取消原因として主張している瑕疵は、窮極するところ、決議の結果に影響を及ぼさなかつたものである。
また、本件総会において、一株運動派株主らは、座席着席を守らず、通路舞台下につめかけ、開会されるや、「人殺し」、「チッソ粉砕」等、被告会社やその従業員に対する罵声を絶叫し、議長の再三の注意も聞き入れなかつた。結局、冷静に理性的に発言者の言を聞き、議事に従つて冷静に発言を求め、質疑応答を交すという会議運営のルールを自ら放てきし、被告会社側の、議案に対する質問、発言には充分応じてゆこうという方針を踏みにじつたのは、むしろ一株運動派株主であつて、このことは、本件の判断において充分に留意さるべき問題である。
さらに、原告ら一株運動派株主が本件総会に出席した目的は、被告会社の社長をはじめ幹部に、水俣病についての被告会社の非を認めて謝らせ、責任をとることを認めさせることにあり、また右運動の窮極の目的が水俣病患者の救済、すなわちその納得するに足りる補償の実行を被告会社をして履行せしめるにあることは、原告らの主張するところであるが、昭和四八年三月二〇日の熊本地方裁判所の判決を契機として、被告会社は右訴訟の原告らのみならず、すべての患者(新たな認定患者を含む)との間で和解を了し、その納得する損害賠償金を支払つていることは、公知の事実であり、また、原告後藤孝典が本件総会において修正動議として提出しようとした事項も、右のとおりの補償金支払によつてすでに目的を達し、現在では何ら必要のない問題になつた。このように見てくると、現在原告らが本訴を提起した目的はすべて達成されているから、もはや本件訴の利益は消滅している。
以上の観点からしても、本訴請求は棄却されるべきである。
三、被告の主張に対する原告らの反論
1 被告の答弁および主張3の冒頭部分の主張について
商法第二四八条第一項が期間を定めて制限しているのは、株主総会決議取消の訴の提起自体だけであり、提訴後の取消事由の追加・変更は、一般原則どおり民事訴訟法規にまかせられており、また原告らの主張は、本件の審理を通じて明らかになつたところを整理し、要約したにすぎないから、何ら訴訟遅延をもたらすものではない。
のみならず、請求原因3の(一)の全部ならびに同(四)および(五)のうち被告の指摘する部分を、すべて原告が本件訴状においてした従来の主張の範囲でこれを補充、明確化したものにすぎないから、この点からも被告の主張は理由がない。
2、被告の答弁および主張欄4の主張について
本件決議の瑕疵は、その性質および程度においてきわめて重大であるから、それが決議の結果に対して影響があるか否かを考えるまでもなく、取消を免れない(最高裁昭和四六年三月一八日判決、民集二五巻二号一八三頁参照)。のみならず、株主に対する総会出席妨害ならびに質問および修正動議無視は、決して決議の結果に影響がないとはいえないし、もし被告会社が全株主に議決権代理行使の勧誘を行つていたら、どのような結果になつたか予測できない。
要するに、株主総会決議取消の訴において、裁量棄却し得るのは、その瑕疵がきわめて軽微であるか、右訴が会社荒し等悪質な金銭欲に結びついた正義に反する行為の手段としてなされている場合等、右訴を棄却しても株主権の保護、株主総会の民主的運営の実現には何ら欠けることがないというきわめて例外的な場合でなければならないから、この点の被告の主張も理由がない。
第三、証拠関係<略>
理由
一原告豊永信弘および同福元満治を除くその余の原告らの名義が、当事者欄記載のそれぞれの住所により、被告会社の株主名簿に株主として記載されていること、「豊永信博」の名義が、当事者欄記載の原告豊永信弘の住所により、被告会社の株主名簿に株主として記載されていること、および「福元満治」の名義が、当事者欄記載の原告福元満治の住所とは異る住所により、被告会社の株主名簿に株主として記載されていることは、いずれも被告の自認するところであり、右株主名簿記載の豊永信博と原告豊永信弘とが同一人であることおよび右株主名簿記載の福元満治と原告福元満治が同一人であることは、弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。そうすると、原告らはいずれも被告会社の株主であると推定され、これに対する反証はない。
なお、被告は、原告松田紀嗣、同加藤善盛、同川角信夫、同村上光正、同半田隆、同西頭聡、同荒牧軍治および同林滋については、訴訟代理人に対する委任状に委任者として表示された人物と本件の原告として表示された人物が同一人であることは知らないとして、右原告ら訴訟代理人の代理権を争うもののようであるが、右原告ら八名のうち、原告村上光正については、委任状記載の人物の住所、氏名と本件の原告として表示された当事者欄記載の人物の住所、氏名は一致するから同一人であることは明らかであり、その余の原告ら七名についても、弁論の全趣旨により両者は同一人であると認められる。
二次に、本件総会において本件決議がなされたことは、当事者間に争がない。
三そこで、原告ら主張の本件決議の取消事由について検討することとするが、被告は、請求原因3の(一)の全部ならびに(四)および(五)の一部の主張が、商法第二四八条第一項の期間の経過によりまたは民事訴訟法第一三九条第一項により許されないと主張するので、まず請求原因3の(一)、(四)および(五)以外の主張について判断する。
1請求原因3の(二)の主張について
本件総会においては、総会への出席を希望して開会時刻までに参集した株主のうち一部のものが総会場に入場できなかつたことは、当事者間に争がなく、証人後藤舜吉の証言および原告後藤孝典の本人尋問の結果によれば、右のように入場できなかつた株主の数は少くとも約三〇〇名で、これらの株主は総会場に入れなかつたため、結局議決権行使の機会を与えられなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
ところで、原告は、右のように参集した株主の一部が本件総会場に入場できなかつたのは、被告会社の意図的な入場制限の結果であるとし、一方被告は、右入場制限が正当な事由にもとづくものであると主張する。<証拠>を総合すれば、本件総会場である大阪厚生年金会館中ホールの定員は、消防法施行規則第一条により一、一一〇名と定められており、被告会社は大阪市西消防署および大阪厚生年金会館側から右定員を遵守することを要求されていたことが認められ、証人後藤舜吉、同平野正路の各証言によれば、本件総会場前には前夜から株主が参集して受付前に行列を作り、被告会社においては、開会約一時間前の午前一〇時頃から入場の受付を始めたが、午前一〇時半頃にほぼ前記定員相当の人数を入場させた段階で、定員に達したためこれ以上入れることはできない旨説明して受付を打切り、以後の入場を拒絶したことが認められる。もつとも、右入場制限後においても会場内二階後部に若干の空席があつたことは当事者間に争がないけれども、証人岡島正一の証言によれば、この空席は入場した株主の一部が二階の坐席に着席せず、一階前方の通路等につめかけたことによるものであることが認められるから、右空席は定員に満つるまで入場させなかつたことを示すものとはいいがたく、また前記入場制限後の午前一〇時五〇分頃報道関係者約二〇名を裏口から入場させたことも当事者間に争がないが、証人安武勝巳の証言によれば、被告会社においては、報道関係者には予め入場票を配付した上表口の一般株主の入場口から一般株主と同様の条件で入場するように連絡してあつたところ、前記の経過で入場が制限されて入場できなくなつた報道関係者から強く要求されたため、やむを得ず定員外に入場を許したことが認められるから、右報道関係者の裏口入場の事実も被告会社が意図的に株主の入場を制限したことの証左とすることはできない。そして、右に認定したところによれば、被告会社が本件総会場に入場させた株主の数が正確に算定して前記の定員数を超過するものであつたのかまたはそれに満たなかつたのかはともかくとして、ほぼ右定員数に近いものであり、被告会社においても定員相当数を入場させたと判断したが故にこそ以後の入場を拒絶したと認めるのが相当であるから、右入場制限は、被告会社が意図的に行つたものということはできず、本件総会場の物理的な状況を前提とする限りはやむを得なかつたものといつてさしつかえない。
次に原告らは、本件総会場が当日参集した株主のすべてを入場させるには狭隘すぎた旨主張し、原告ら主張のように、昭和四五年一〇月三一日に東京水俣病を告発する会から被告会社に対し、本件総会には二〇〇〇名の株主が集る予定である旨の申入れがなされたことは被告の認めるところである。しかし<証拠>を総合すると、被告会社の昭和三五年一一月から昭和四五年五月までの株主総会への現実の出席者は平均九〇名前後、最高一二一名であり、昭和四一年一一月までの総会は本店会議室(収容能力一三〇名)において、昭和四二年五月から昭和四五年五月までの総会は大阪国際貿易センター本館五階会議室(収容能力一四〇名)において行われてきたこと、昭和四五年一一月の総会については、従来の慣例どおり同年五月の総会終了の数日後、大阪国際貿易センター本館五階会議室を予約したが、同年七月頃から新聞紙上等に一株運動が始められて多数の株主が一一月の総会に出席する予定である旨報ぜられるようになり、同年八月頃からは株券の分割およびその名義書換の請求がなされるようになつたため、収容能力の大きい会場が必要であると考えられたので、前記被告会社における従前の経過および大阪市内に本店を有する一部上場会社の例(出席人員最大三〇〇名)等を勘案して、一、〇〇〇名以内の出席を予想し、同年九月上旬本件総会場である大阪厚生年金会館中ホールを予約したこと、ところが前記のとおり、同年一〇月三一日東京水俣病を告発する会から原告ら主張の三項目の公開質問がなされるとともに、右質問については一一月末の総会において返答されたい旨および右総会には二、〇〇〇名規模で乗り込む予定であるから、全員が入れる会場を用意せよとの申入れがなされたので、念のため二、〇〇〇名を収容し得る会場を探したが、右条件に適合するフェスティバルホール、大阪厚生年金会館大ホールとも一一月二八日は予約ずみ(後者は午後のみ予約ずみであつたが、午前のみの借用では総会の開催は困難である)であり、その他大阪地区において一一月二八日に使用するため右のような収容能力のある会場を確保することはできなかつたことが認められる。したがつて、被告会社において、昭和四五年九月上旬の時点において、本件総会場を予約したことが著しく合理的判断に欠けたものとはいえないし、また二、〇〇〇名出席の申入れがあつた同年一〇月末の時点では、総会開催日を変更することなく二、〇〇〇名収容し得る会場を確保することができなかつたことについてとくに責められるべき点はなかつたというべく、また前記二、〇〇〇名出席の申入れについては、被告会社に対して右出席人数に関する確実な根拠の説明があつた形跡もないから、定時総会の招集時期をも勘案すれば、被告会社において予め総会開催日を変更しなかつたことについても、とくにこれを不当ということはできない。
しかしながら、前記のとおり、本件総会場に入場できた株主はほぼ会場の定員一、一一〇名前後の数であるのに対し、入場できなかつた株主が少くとも約三〇〇名存在し、証人後藤舜吉の証言によれば、入場できなかつた株主が場内の模様をマイクにより知り得たことが窺われないではないが、少くともこれらの株主が質問、動議の提出その他により議案の審議に参加し、議決権を行使することができなかつたことは明らかである。被告会社としては、本件総会出席のために参集したすべての株主に対し、何らかの方法で議決権行使の機会を与えるべきであり、かりに本件総会当日、総会場の物理的状況等によりそれが不可能であつたとすれば、総会の期日を変更し、延期しまたは続行することにより、株主のために右機会を確保しなければならず、かつ、それは可能であつて、右のような措置をとらないでした本件決議は、その方法において株主に議決権を認めた法令の趣旨に違反するものといわざるを得ない。
2 請求原因3の(六)の主張について
<証拠>を総合すると、本件総会の開始から終了までの経過等として、次の事実が認められる。
(一) 本件総会場においては、舞台正面の机に議長を含む役員席、その両側の机に事務局席が設けられ、議長となる江頭豊社長は役員席の中央附近に、西田栄一監査役は役員席に向つてその右端附近に、土谷栄一総務部次長は舞台に向つて右側の事務局席に、また、経理担当者等数名が左側の事務局席にそれぞれ着席していた。そして舞台上にはマイク設備があつたが、舞台下の株主席にはその設備はなく(この点は当事者間に争がない)、また、被告会社の場内整理班は株主の登壇を防ぎ、株主の発言は舞台の下で行わせるよう注意していた。
(二) 総会は、まず江頭社長から自己紹介、議長をつとめる旨の挨拶があつた後、右議長の開会宣言をもつて始まり、土谷総務部次長から出席株主数とその議決権個数の報告がなされ、次に議長から水俣病問題に関する株主からの質問は、議案終了後引き続き説明する旨の発言があつた。続いて議長は、議案の審議に入るとして、第四二期営業報告書、貸借対照表、損益計算書の承認ならびに利益金処分に関する件を付議する旨述べ、議長の指示により西田監査役から第四二期に関する諸計算書類はいずれも適法、適正である旨報告があり、再び議長は、「議案の詳細につきましてはお手許の参考書類をご覧いただきたいと存じます。本議案のご承認を賜りたいと存じます。」と述べたところ、会場内には喊声と拍手が起り、議長は「本議案の賛成多数を認めます。ご承認を得たことといたします。有難う存じます。」と表決の結果を宣言し、ついで議長は、「以上で本総会に付議いたしました決議案の審議は終了いたしました。」と閉会宣言をし、さらに、引続いて水俣病問題の説明に入る旨述べた。右開会宣言から閉会宣言までの所要時間は四分前後であつた。
(三) 原告後藤孝典は、本件総会出席前から、被告会社の本件総会の運営の仕方如何により、出席している水俣病患者に発言の機会が与えられないような場合には、自からが議案に対する修正動議を出さなければならないことがあるかもしれないと考え、原告ら主張の二項目の修正動議を印刷したビラを相当数用意して総会に出席した。ところが会場内にはマイクその他株主の発言の伝達を容易にする設備は何もなかつたこと等から、自ら修正動議を出さなければならない可能性が強くなつたことを感じ、自席を立つて西田監査役の報告が始まる前に舞台に向つて左側の舞台真下の位置に赴き、右報告が始まるとすぐの頃から右手に前記ビラ数枚を持ち、修正動議があると叫びながら、右腕を大きく振つたが、役員席および事務局席からは何の反応もないので、右ビラのうち数枚を向つて左側の事務局席に対して投げつけ、さらに、被告会社側の者が同原告の体を掴んでいるのをふり切つて舞台上にとび上り、議長の閉会宣言があつた後議長席附近に到達してビラを議長の前に置いて修正動議がある旨を告げた。
(四) 本件総会場内は、議長の開会宣言から閉会宣言に至るまでごく短時間の間隙を除いては、議長の度重なる制止にもかかわらず、おおむね相当程度の喧騒状態が続いていたので、原告後藤孝典の舞台下での発言が舞台上の役員席ないし舞台に向つて右側の事務局席で聞きとれた公算は非常に小さいといわざるを得ないけれども、少くとも左側の事務局席にいた被告会社の社員等はほとんど目の前といつてよい舞台真下で原告後藤孝典が白い紙片を振つているのを目撃することが十分可能であつたし、舞台下で同原告の体を掴んでいた被告会社側の者は同原告の右行動を確知できた筈であり、さらに舞台中央で発言していた議長も、会場内の動きに万全の注意を払つていれば同原告の右行動に気附くことが不可能とはいえなかつた。 <証拠判断省略>
右に認定したところによれば、本件総会においては議案の上程から決議に至るまでほとんど終始かなりの喧騒状態にあり、しかも会場にはマイクその他自己の発言を議長に伝達することが可能な設備で株主が利用し得るものは存在せず、原告後藤孝典は被告会社側の者によつて舞台に上ることを阻止されたのであるから、このような状況の下においては、同原告が議長およびそれを補佐する役員、事務局員等の席に近い舞台真下に行き、修正動議がある旨叫びながら、右動議を記載したビラを右手に持ち、舞台上からも見えるように大きく振りかざしたことにより、動議の提出があつたものと認めるのが相当である。一方、被告会社側においては、証人鎌田正二、同土谷栄一の各証言および前に認定した三項目の公開質問等からしても株主から何らかの質問、動議等があり得ることは予想していたと認められ、しかも議長において原告後藤孝典の右行動を認議することが不可能であつたとはいえず、またかりに直接の認識が困難であつたとしても、右認定のような会場内の状況の下では、事務局席の社員等において認識したとすれば、ただちにこれを議長に伝達し、右行動の意味を明らかにした上、それに対する措置を講じなければならないというべきである。これを要するに、原告後藤孝典の右動議提出行為が議長の表決結果宣言前であつたことは前記のとおりであり、議長を含む被告会社側の者においてそれを認識することが可能であつた以上は、認識の有無にかかわらず、それに対する何らの措置も講じないでした本件決議は、その方法において著しく不公正であるといわなければならない。
四三において認定したとおり、請求原因3の(二)および(六)の主張は理由があり、本件決議の方法は法令に違反するとともに著しく不公正であるから、原告ら主張のその余の取消原因について審究するまでもなく、本件決議は取消されるべきこととなるが、被告は被告の答弁および主張欄4のとおり本訴請求は棄却されるべきであると主張するので、次にその点について検討する。
株主総会招集の手続またはその決議の方法に性質、程度等からみて重大な瑕疵がある場合には、その瑕疵が決議の結果に影響を及ぼさないと認められるようなときでも、裁判所は、右決議の取消請求を認容すべきであつて、これを棄却することは許されない(最高裁昭和四六年三月一八日判決、民集二五巻二号一八三頁参照)と解すべきである。ところが、本件総会においては、前記のとおり、出席のため参集した株主のうち人数にして二〇%前後の者が議決権を行使することができなかつたのみならず、株主の一人である原告後藤孝典が提出した議案の修正に関する動議が無視されたまま決議が行われたのであるから、右瑕疵はその性質および程度から見て重大であるといわなければならない。したがつて、右瑕疵が決議の結果に影響を及ぼすか否かについて判断するまでもなく、本件決議はこれを取消すべきである。
また、本件総会に出席した株主の中に被告主張のような適正な総会運営を妨げる行動に出たものが存在したことは、映画およびビデオの検証結果により認めることができるけれども、それだからといつて、他の株主との関係からしても、本件決議についての前記の瑕疵が許容されることにならないことはいうまでもなく、なお原告らが右のような行動をしたことを認めるに足りる証拠もないのであるから、この点の被告の主張も理由がない。
さらに、被告会社が昭和四八年三月二〇日熊本地方裁判所において判決のあつたいわゆる水俣病事件の原告を含む全患者との間で協定を締結し、損害賠償金を支払つていることは公知の事実であり、したがつて原告後藤孝典が本件総会において修正動議として提出しようとした事項も、実質的にはおおむね目的を達したことが認められないではない。しかし株主総会決議取消の訴は、総会の招集手続またはその決議の方法が法令もしくは定款に違反しまたは著しく不公正であるときは、その決議を取消し、もつて株主総会の適正な運営を確保し、株主および会社の利益を保護することを目的とするものであるから、一部の株主が総会に参加しかつ修正動議を提出しようとした実質的な目的が達成されたとしても、そのことにより決議取消の訴の利益が消滅するものではないというべきである。したがつて、この点の被告の主張も採用することはできない。
五以上の次第で、原告らの本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(大西勝也 菅野孝久 岩谷憲一)